空白の一ヶ月〜離宮にて〜




「おもしろくない!」

ルルーシュは不機嫌だった。
計画は全て予定通り実行されて、首尾も上々。広間に仕掛けられた巨大落とし穴に嵌った奴等のアホ面もなかなか愉快だった。
満足できる結果は得られたはずなのに、なぜか気分が晴れない。
背後から聞こえる未だ止まない悲鳴や怒号の声にすら苛立ちを感じて、ルルーシュの足の運びが自然と速くなる。
回廊に響く足音は一つだけで、自分を追従するものは誰もいなかった。










「ルルーシュ様。失礼いたします」と、控えめな声をかけて、ジェレミアが扉を開ける。
そこはルルーシュの私室で、大掛かりな悪戯を満喫したルルーシュはてっきりそこに戻っているものだとばかり思っていたジェレミアの当ては外れた。
室内は蛻の空で、ルルーシュの姿どころか侍女の姿すら見当たらない。
部屋の外に引き返し、近くにいた何人かの警備兵に尋ねたが、ルルーシュの姿は見かけていないと言う。
あの悪戯からすでにかなりの時間が経過している。

―――何処に行かれたのだ?

主の所在が知れないことにジェレミアは不安を感じた。
またなにか良からぬことを考えているのではないかと思っているのだ。
実際ルルーシュはそうした前科がこれまでに数え切れないほどある。
疑いたくなるのも仕方がない。

―――早く・・・早く、お探ししなければ!

しかし焦る気持ちとは裏腹に、ジェレミアはルルーシュの行きそうな場所など見当もつかなかった。
闇雲に探し回っても、半端な広さではないそこは、一日や二日ではとても探しきれない。
それならばと、ジェレミアは考えて、その後のルルーシュの足取りを追うことにしたのだが、あの恐慌状態の最中にルルーシュは忽然と姿を消している。
誰も姿を見ていないのだ。
いつも傍にいる枢木スザクでさえも、ルルーシュの姿を見ていない。
心配するジェレミアに、枢木は「放っておけばそのうちひょっこり出てくるよ」などと暢気なことを言っているが、そんなにのんびりとはしていられない。
次の犠牲が出てからでは遅いのだ。
ジェレミアは原点に立ち戻って、離宮の崩壊現場へと足を向ける。
すでに救助も片付けも終わったそこには人の姿はなかった。
修復されたといっても、普段使われることのないアリエスの離宮はほとんど無人だ。
昔は后妃マリアンヌがいて、ルルーシュがいて、ナナリーがいて、それを慕ってやってくる皇子や皇女がいて、笑い声が絶えなかったその場所は、今はしんとした沈黙に包まれている。
后妃が亡くなって後、打ち捨てられて朽ちかけていたこの場所を、昔の姿をそのままに再生させたのはルルーシュだ。
それを思い出し、ジェレミアの足は自然と奥へと向けられた。
この城の主が健在だったころは、ただの一兵卒にすぎなかったジェレミアは離宮の奥になど足を踏み入れたことはない。
警護担当だったので見取り図くらいは見たことがあっただろうが、それも随分と昔のことなのでその記憶もかなり曖昧だった。
迷いながら、かなりの時間をかけてジェレミアが目的の場所に辿り着いたころには、あたりは薄暗くなっていた。

「ルルーシュ様・・・?」

目的の部屋の前で、いるかいないかわからない主の名前を呼んでみる。
外よりも暗い室内は静まり返っていて、ジェレミアの期待していた返事が返されることはなかった。
それでも確信めいたものを持って、部屋の中へと足を踏み入れると、ジェレミアの身体に緊張が走った。
そこはもともと皇族のプライベートルームとして使用されていた場所で、本来ジェレミアごときが足を踏み入れていい場所ではない。
一歩足を進めるごとに、緊張は畏れへと変って、脚が竦む。
背徳的な気持ちに、思わずジェレミアは足音を忍ばせていた。
だから、奥にいたルルーシュはジェレミアが来たことに気がつかなかった。



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